塩尻ワインシティー
造り手のパーソナルストーリー

竹淵博永氏(以下敬称略)は1963年に長野県安曇野に生まれ、結婚して片丘の家にはいった。ソフトウェア開発会社に勤め、2009年からは独立して個人事業でシステム開発を手がけた。関東の客先に常駐することも多く、片丘との間を行き来し、単身赴任することもあった。50代になると、将来は片丘で農業をすることを考え始めた。
「片丘の家には農地がたくさんあり、親がタバコ栽培をしていて、ときどき手伝っていました。タバコはヒマワリのように背が高くなり、葉が大きな植物です。しかし、国内の煙草需要は減少してきていて、日本たばこ産業でも栽培契約を減らし始めました。東京から戻ってタバコ栽培でもするか、と思っていたのですが、親からはやらなくてもいい、と言われます」
2014年、長野県は県内でワイナリーの開業を目指す人を対象に、農地の手当、ブドウ栽培、醸造、経営など必要な知識と技術を学べる半年間の講座「ワイン生産アカデミー」第二期を開講し、竹淵はそこに参加した。
「遊休農地の解消がワイン生産アカデミーの背景にあったので、そこに興味を持ちました。ワインも好きだし、軽い気持ちで参加しました。『ブドウ栽培は手がかかりませんよ』という触れ込みでした。ほっといても実はなるのですが、よいブドウをつくろうとすると、本当に手をかけないといけません。それが身にしみて分かりました」
時を同じくして塩尻市はワイン大学を開講した。4年間のプログラムで募集人数は20名。竹淵は百数十名の応募者の中から選考をくぐり抜けて、35名の第一期生の一人となった。
「ワイナリーを目指す人は、二年目には圃場を借りて自ら栽培に取り組みはじめます。システム開発の仕事と両立でしたが、わたしもやってみることにしました。家に農地はあったのですが、農業委員の方がワイン大学の生徒のために片丘北熊井の圃場を用意していて、同期の仲間の近くがいいなと借りました。近くに、幸西さん(丘の上幸西ワイナリー)、吉江さん(Yoshieヴィンヤード)、長谷川さん(HASE de KODAWAAR)がいます。圃場を借りることを話すと、親と妻からは怒られましたけど」
竹淵家では、以前は水田稲作とタバコ栽培を広く手がけていたが、現在は自家用で米を栽培し、畑はソバ栽培用に貸している。
「60歳になったときに、システム開発の仕事は引退して、農業に専念することにしました。お米とブドウですが、ブドウについてはワイン用のほかに、シャインマスカット、ナガノパープル、クインルージュの生食用にも取り組んでいます」
2023年4月、片丘ワインのブランド確立と、片丘地区の景観を活かした観光と農業振興、地域づくりを目的として片丘ワイン振興協議会が発足した。竹淵博永は事務局長に就任した。
「片丘は松本平の山麓のなかでも雨が少なく、ブドウ栽培によい場所だと思います。レインカットをしない栽培者も多いです。そして、山麓線しののめの道からの景観が素晴らしい。塩尻ワイン大学を中心に若い人たちが入ってきてほしいし、地元の人と一緒に地域を盛り上げていけるようになるとよいし、そのための環境づくりにも役立ちたいと思います」

たけぶちヴィンヤードのメルロー2022は、塩尻ワイン大学の同期生のつながりで茨城県牛久のワイナリーで醸造している。片丘・塩尻でのドメーヌ(ブドウ栽培から醸造・瓶詰めまで一貫して行うワイナリー)という道と並んで、片丘産のブドウが日本各地の醸造家に評価されていくことも、地域の大きな力になる。
