塩尻ワインシティー
造り手のパーソナルストーリー

長野県塩尻市片丘、北熊井城趾へと連なる高ボッチ山麓にShiojiri Minori Vineyard がある。アルプスを展望する片丘のなかでも景観が素晴らしいヴィンヤードである。ここで2020年にブドウ栽培を始めた橋本美範(みのり)さん、橋本毅一郎さんご夫妻(以下敬称略)のワイン造りへの思いと軌跡をショートストーリーとして綴る。
生いたち
橋本みのりは、東京都中野区に生まれ、中高は神奈川県横浜のミッション系女子校に通った。大学では英米文化を専攻し、港区の通信建設会社に就職した。八王子の実家からは通勤に時間がかかるため、中野区の祖父母宅に下宿した。
「居候していた食卓にはテーブルワインがありました。今ふりかえると不思議な縁ですが、桔梗ヶ原の井筒ワインの無添加コンコードが、祖母のお気に入りでした。若い頃はワインの渋さを苦手に感じることもありますが、このコンコードは飲みやすくて、日本の食事にも合います。ワインは美味しいな、と思いました」
そして職場で、後に結婚することになる同期入社の橋本毅一郎と出会った。
「中野からは中央高速道路が近かったので、一緒にドライブで桔梗ヶ原のワイナリーめぐりに来たことがありました。二十代の頃ですが、五一ワインや井筒ワインを訪れた思い出があります。二人とも旅行が好きだったので、新婚旅行はイタリアに行きました」
橋本みのりは、総務関係の仕事を経験し、企業会計も専門的に学んだ。そして、長女が幼稚園に上がる年に、ワインインポーターに転職した。
「わたしは食事もワインもオーガニックのものも好きだったので、自分のスキルを活かして好きなことに携われると思い、オーガニックワイン専門の会社に勤めました。フランスを中心に、スペイン、イタリアなどのオーガニックワインを扱っています」
しかし、総務・財務・経理などのバックオフィス業務を任されるなかで、ヨーロッパを訪れたり直接にワイナリーと仕事をする機会はなかった。
東京ワイナリーから塩尻ワイン大学へ
そして2016年、橋本みのりは練馬にある東京ワイナリーと出会った。
「偶然ですが栽培サポーターを募集しているのを知って、すぐに参加しました。ふだんは別の仕事をしている人たちが、週末に集まって、ブドウ畑での栽培や醸造の手伝いをします。その後に皆でワインを飲んであれこれ話します。それが心地よくて、素敵だなと思いました」
一方、長野県塩尻市では2014年に四年制の塩尻ワイン大学が開校し、長野県外からも含めて35名がブドウ栽培、ワイン醸造、ワイナリー経営について学んでいた。
「ワイン大学一期生の人が東京ワイナリーに手伝いに来ていて、2018年から第二期があるよ、という話しを聞きました。わたしはオーストリアのワイン、特にグリューナー・ヴェルトリーナーという品種が日本食にもあって好きでした。そういうワインが日本でも造れればいいな、という気持ちも片隅にあって、ワイン大学に応募しました」
塩尻ワイン大学第二期は、2018年から2021年までの3年間となり、選抜をくぐり抜けた22名が入学した。橋本夫妻は二人で応募し、みのり一人が合格した。
片丘にブドウ畑を拓く
2019年、ワイン大学も二年目にはいると、市の農政課は生徒へのブドウ畑の紹介も始めていた。
「東京ワイナリーでの経験もあったので、自然のフィールドのなかで、ブドウ栽培やワイン造りを通じて人とつながったり、心地よいことができたらいいな、という思いがありました。橋本さんに合っている場所があるよ、と紹介されたのが片丘でした。景色も素晴らしくて、道路にも囲まれていて農作業もしやすいです。塩尻が地元でブドウ栽培をしている同期生に見てもらうと、ここは絶対にいいよ、と後押しされます」
しかし、橋本みのりが毅一郎に相談すると大反対であった。
「農業も経験したことがなく、小学生の子供もいるのに、と夫婦の危機になりました。いろいろな縁で塩尻ワイン大学に来て、まわりの人たちは協力してくれて、よい場所にも巡り会って、わたしに託された使命かもしれない。思いを話して、なんとか理解してもらい、大反対だった夫も月一回の草刈りは協力するよ、と言ってくれました」
こうして橋本は片丘に圃場を借りて、植栽の準備を始めた。その2020年には新型コロナウィルスの流行によって緊急事態宣言が出され、都道府県間での移動が自粛となり、在宅勤務や在宅学習が広がった。
「会社もリモートワークになり、娘の学校もオンラインになりました。ブドウの植栽を始める時期でしたが、塩尻にアパートを借りて両立することができました」
そして、片丘でブドウ栽培を始めて3年目となる2022年、橋本一家は塩尻への移住を決心した。
「月に一回の草刈りだけは手伝ってくれていた夫ですが、収穫を始める三年目には、塩尻で一緒にヴィンヤードをやる、と言ってくれました。会社を辞めて専門の資格を活かして独立したのには驚きましたが。夫が飲みに行って歩いて帰れるところ、娘が通学しやすいところ、と塩尻駅の近くに東京から家族で引っ越しました。片丘の圃場までは車で10分ほどです。市街地の暮らしと自然景観のなかでの農業を両立できるところは、塩尻の魅力の一つだと思います」

橋本 毅一郎・みのり夫妻
目指している姿
橋本夫妻は、片丘の圃場を Shiojiri Minori Vineyard と名付けた。2020年に70アールの圃場から始めて、さらに周囲に圃場を借り増して、全体として1.7ヘクタールを二人で力を合わせて経営している。栽培品種は、橋本が好きなオーストリア、ドイツ、アルザス地域のワインも構想して、ケルナー、アルバリーニョ、ピノ・ヴラン、ソーヴィニヨン・ヴラン、シャルドネ、ピノ・グリなどの白ワイン用品種が多彩だ。赤ワイン品種では、ガメイ、メルロー、カベルネ・フランを栽培している。
「2022年の初収穫は200キロほどでした。ケミカルを使わずにオーガニックにブドウを栽培しています。そうした思いを理解していただき、野生酵母で亜硫酸無添加でワインを造ってるワイナリーに出会って、委託醸造していただくことができました」
橋本夫妻は、2022年から委託醸造でのワイン造りを重ねながら、塩尻ワイン大学第二期の同期生とともに自らのワイナリー立上げを準備している。
「塩尻には、以前、JA桔梗の里というワイナリーがありました。その施設を借り受けることができたので、ワイン特区制度を活かして免許の申請をしています。塩尻伝統の桔梗ヶ原にあるワイナリーになりますし、地元の皆さんからは『桔梗の里』という一升瓶ワインも愛されていたそうです。 Minori Vineyard のブドウから造るナチュラルなワインだけでなく、地域の栽培者の皆さんが自ら栽培したブドウから造ったワインを楽しむ、そんな文化を復刻していきたいです」
「文化」という言葉から、橋本夫妻が目指している姿が感じられる。
「中高生時代の横浜の友達とは今も仲よくしています。収穫の時には手伝いにも来てくれます。ここを気に入った友達も多くて、年末のクリスマス会は塩尻に集まるのが恒例になりました。塩尻で仕事を探したいという人もいます」
「わたし自身がワインを造るということだけでなく、ブドウ栽培とワイン造りを通じてワインファンを増やしたい、この地域の魅力を知ってもらい、県外からも来てくれる塩尻のファンを増やしたい、という思いが強いです」
「農家やブドウ栽培者の方は、ふつうは土地を目いっぱい活かして収穫できるようにします。一方、北熊井城趾に連なるMinori Vineyardの第一圃場の面積は70アールですが、ブドウの栽培は50アールに留めて、眺めのよい20アールの丘を余白として残しています。ファンやサポーターの方が集まってランチをしてワインと会話を楽む、そうした場所にもしていきたいです」
Shiojiri Minori Vineyard インスタグラムへ
https://www.instagram.com/shiojiri.minori.vineyard/

