HASE de KODAWAAR 長谷川福広氏

長野県松本市の長谷川福広氏(以下敬称略)は塩尻ワイン大学第一期を卒業し、2022年に自らのワイナリー、HASE de KODAWAAR WINERYを開設した。松本市の山辺圃場とワイナリー(醸造所)隣接の寿圃場に加えて、塩尻市片丘の二つの圃場でブドウを栽培している。その歩みをショートストーリーとしてつづる。
    


生いたち

長谷川福広は、新潟県三条市の米農家に生まれ、親からは農業を継ぐことを期待されていた。農業との縁から、大学の園芸学部農芸化学科に進学し土壌学を専攻した。その後、海外で働く夢は抱きつつ、教授の紹介により肥料会社に入社した。2年後に青年海外協力隊の理数科教師の募集があり、会社を退職して参加した。

「タンザニアに赴任しました。しかし、現地に行くと、理数科教師はハンガリーの人が就いていて、仕事が無かったのです。わたしは大学では空手部で、当時、世界ではブルースリーの映画が流行っていました。日本人なら空手を教えてくれと言われ、農業大学の体育館で20人ほどの学生に空手を教え始めました。赴任後2か月くらいの時にイギリス人の土壌調査チームが雇ってくれました。1981年頃のことです」

ワインとの出会い

長谷川が赴任した当時のタンザニアは、経済的には貧しい社会主義国で市販のお酒はほとんど無かった。

「ドドマ (Dodoma) という乾燥した地域があり、イタリア人がワイン造っていました。タンザニアで唯一のワインでした。甘いワインですが、美味しかった記憶があります。それが私のワインとの出会いかな?」

大塚化学での30年

長谷川は、人生を30年単位で考えている。2年間をタンザニアで過ごして帰国した頃には、第二の30年ステージを迎えた。

「青年海外協力隊の紹介から大塚化学に就職しました。最初は食品関係の募集でしたが、入社すると新しい農薬肥料のポジションでした。その仕事で国内各地を転勤しながら、60歳の定年まで勤め上げました」

転勤の中で長野県松本市にも移り住んだ。

「家族が松本を気に入って、家を借りて住んでいました。家族が松本で、わたしが仙台に単身赴任していた時期もあります。山梨にも赴任していたことがあり、長野県内も各地を営業で回りました。農業関係の仕事なのでブドウ栽培の方とも話す機会はありました」

長谷川が勤務していた大塚グループは、ワインとの関わりもある。米国カリフォルニア州ナパバレーを代表する名門ワイナリーに、リッジ・ヴィンヤーズ (Ridge Vineyards) がある。大塚製薬は1986年にリッジのオーナーとなった。

「大塚の迎賓館のセラーにはリッジのワインが揃っていました。お客さんと一緒の機会には、ふだんは飲めないようなワインを味わえたこともあります」

第三のステージへ

大塚化学には定年延長制度があり、長谷川は勤務を続けた。

「家内が松本で塾の仕事をしていたこともあり、松本に家を建てました。部署は名古屋ですが、自宅から長野県内を仕事で回っていました。第三の30年は何をしようか、と考えていた頃に、家内が塩尻ワイン大学の募集を見つけてくれました」

2014年、長野県塩尻市は、農業とワイン産業の活性化に向けて「ワイン大学」第一期を開講した。ワイン醸造用ブドウの栽培やワイナリー設立を目指す人が、栽培管理技術、醸造技術、経営手法を学ぶことができる。4年間のプログラムで募集人数は20名。長谷川は、百数十人の応募者の中から選考をくぐり抜けて、35名の第一期生の一人となった。

「ワイン大学の同期生のなかには、初めからブドウ栽培を目指している人もいました。わたしはそうでもなかったのですが、二年目には畑をつくってみようかなと思い立ちました。農薬肥料の仕事の関係で松本のJAの人を知っていたので、空いている土地を探してもらっていたら、山辺にみつかりました。14アールほどですが、ガレ地の土壌でブドウ栽培には最高です」

「そのうちにワイナリーも考えはじめて、そのためには圃場も広げなければなりません。塩尻市の農政課に相談すると、片丘の土地を紹介していただきました」

塩尻市農政課ではワイン大学から就農する人のために土地をまとめていて、2016年に開園した長谷川の圃場は、同じ第一期生の吉江豊氏・竹淵博永氏の並びにあった。2017年に借り増した片丘第2圃場は、第二期生の橋本美範氏のMINORI vineyardの隣にある。

松本市にワイナリー設立

2020年には、ワイナリー開設を目指して松本市寿小赤に用地を取得した。全体として50アールの農地であったが、一部を農産物加工所に用途変更して醸造所を建設し、残りの大部分はブドウ栽培の圃場とした。2022年6月、松本市の特区制度を活用して醸造免許を取得し、長谷川夫婦のワイナリーがスタートした。

HASE de KODAWAAR の命名について、長谷川は次のように語る。

「岐阜県で仕事をしていたときに、長谷川さんという同姓の方と親しくなりました。以前は旅行会社に勤めていて、海外経験も豊富な方です。自宅にレストランをつくって、料理を振る舞っていました。その名前がHASE de KODAWAARだったのです。印象に残る名前だったので、わたしがヴィンヤードを始めるときに、使わせてほしいと頼んだら、快諾してくれました。また『わたし、HASE(長谷川)は、どうこだわるの?』という思いも込めました」

大学・大学院で農芸化学を専攻し、タンザニアの国際協力で土壌調査にも携わった長谷川は、松本・塩尻の地理環境と圃場の土壌特性についての考察も深い。

「松本盆地は古代には湖だったようなので、松本から片丘の圃場のあるところはその斜面になります。タンザニアで土壌調査をしていたとき台地をプラトーと呼んでいましたので、それに肖(あやか)りわたしは『松本プラトー』と呼んでいます」

HASE de KODAWAARのヴィンヤード紹介では、圃場の特徴を次のように整理している。

山辺圃場 2015年~:標高780m、
崩落性褐色森林土

片丘第1圃場 2016年~:標高780m、
火山灰性壌土

片丘第2圃場 2017年~:標高760m、
火山灰性壌土(礫質)

寿圃場 2020年~:標高650m、
火山灰性壌土(礫質)

多彩なブドウ品種、世界ワインコンクール受賞

HASE de KODAWAARが栽培するブドウ品種は、定植年順に次のように多彩である。

2016年:リースリング(山辺)、メルロー(片丘 1)、ピノ・ノワール(片丘 1)、カベルネ・ソーヴィニヨン(片丘 1)

2017年:ピノ・グリ(山辺)、ヴィオニエ(山辺)、メルロー(片丘 2)、ピノ・ノワール(片丘 2)、シャルドネ(片丘 2)

2018年:ピノ・グリ(片丘 1, 2)、リースリング(片丘 1, 2)

2019年:カベルネ・フラン(片丘 2)、ビジュノワール(片丘 2)

2020年:ピノ・ノワール(寿)、シャルドネ(寿)

2021年:メルロー(寿)、カベルネ・ソーヴィニヨン(寿)、ネッビオーロ(寿)、ヴィオニエ(寿)

2023年:シラー(片丘 2)

長谷川は、2022年に収穫したメルローから醸造した『HILLS Merlot 2022』を、2024年にフランスで開催された「フェミナリーズ世界ワインコンクール」に出品し、金賞を受賞した。

松本市の山辺は、豊島理喜治によって長野県内で最も古く1989年(明治22年)にブドウ栽培が始められたと伝えられている。そして、片丘は塩尻市のなかでも最も新しいワイン用ブドウ栽培地である。長谷川の HASE de KODAWAARは、松本プラトーのこの新旧のテロワールを結んでこだわりのワインを造り出していく。

    

    

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