林農園は明治44年(1911年)、林五一(ごいち)氏によって創業した。岡谷から塩尻・桔梗ヶ原の開拓に移り住み、ブドウ、梨、リンゴなど様々な果樹栽培を手がけ、大正8年(1919年)にはワイン醸造を始めた。
日本ワインの銘醸地として塩尻・桔梗ヶ原の名を世界に知らしめたのが、赤ワイン用の国際品種「メルロ(Merlot)」である。
昭和26年(1951年)、林農園の林五一氏と息子の林幹雄氏は、秀逸なワイン造りに欠かせないブドウ品種を求めて全国各地を巡っていた。東北の山形県赤湯(現在の南陽市)を訪れたとき、冷涼な環境のなかでも育てられていた欧州系品種のメルロに出会い、塩尻での可能性を感じて穗木を譲り受けた。
塩尻の冬の最低気温は、積雪のある山形県赤湯よりも低く、メルロは樹皮が弱り枯れてしまう困難があった。林農園は、冬期に藁を巻き、試行錯誤の末に高い位置で接ぎ木する「高接ぎ法」を考案するなど、その信念と努力によって、塩尻・桔梗ヶ原にメルロを根付かせた。
2025年11月現在、その伝統を引き継ぎ、ワイン造りを任されているのが製造部長の添川一寛氏(以下敬称略)である。

生い立ち
添川一寛は、昭和51年(1976年)、福島県喜多方市に生まれた。実家は稲作を中心に農業を営んでいる。会津は米所であり、お酒と言えば日本酒になる。中高の部活動では野球に打ち込み、キャッチャーを務めた。
「理系科目が得意で、大学で農学系を勉強したかった。親からは国立ならばと言われ、センター試験の結果をみて農学系のある山梨大学を受験しました。福島から山梨は遠かったですが、無事に合格しました」
添川には姉と弟がいて、二人とも会津で暮らしており、田植え等の繁忙期には実家を手伝っている。
山梨大学で微生物系の研究へ
1995年4月、添川は山梨大学に入学した。甲府に下宿し、野球部にも入部した。
「山梨だからワインを味わう、ということはありませんでした。体育会系ですから、部の仲間が集まって、手頃ないろいろなお酒を、しかも量を飲むことが多かったです。」
学部4年生への進級では、専攻する研究室を選ぶ。
「微生物関係の研究をしたいと思いました。その分野の研究をしていたのが、たまたまワイン科学研究センターでした。ワイン微生物、ブドウ栽培、ワイン成分の3つの研究室があり、自分は微生物を専攻し、ワイン酵母を研究しました」
大学院でワインの世界が広がる
「研究室に入ると、研究がどんどん面白くなっていきます。世の中が就職難だったこともありますが、もっとワイン酵母の研究をしたくて、大学院に進学しました」
学部時代は将来ワイン関係の仕事に就くとは考えてもいなかったが、大学院で人と出会う中で徐々にワインの深みにはまっていった。
「研究室の先輩や卒業生のつながりで、大学外のワイン会に誘われて飲む機会が多くなりました。学生だけでなく社会人も、男性も女性も、親世代の人も。ワインには人を惹きつける何かがあるのかなと感じました」
「ワイン会を主催している一人に、当時、山梨のワイナリーで働いている方がいました。ボルドーの格付けクラスのワインをいろいろと飲ませてもらって、そこから本当にワインが好きになったように思います」
林農園(五一わいん)への入社
修士課程の2年目になると、添川はワイン業界に進むこととを考え始めていた。
「研究室の6年先輩に城戸亜紀人さん(2004年、Kidoワイナリー創業)がいました。当時、林農園(五一わいん)で醸造長を務めていて、研究室に働き手を探しにきたことがあります。そして社長の林幹雄さん(現在の会長)から研究室に正式に求人があり、ご縁があって入社したのです。会津に比べると甲府の夏は暑かったので、塩尻のほうが涼しくてよいな、とも思いました」
大学研究室の実習ではワイン醸造を何度も経験したが、伝統あるワイナリーでの醸造規模は想像を超えていた。
「研究室での醸造は、少なければ10リットル、多くても100リットルで、小さな量のものを理論的に考えて造っていました。林農園(五一わいん)には、醸造タンクが200ぐらいあり、大きなものは4万リットルの容量があります。生産量が膨大で、体力も必要です」
「ブドウの種類と造るワインの種類も多岐にわたります。仕込みの時期だけでなく、出荷の予定から逆算して、瓶詰め、濾過、発酵・・・と、道筋を考えなければなりません。それがいくつも並行して進み、醸造タンク繰りを考える必要があります。お客様に届ける飲料ですので、安全品質はもちろん、よいものを造りたいと日々工夫してきました」
添川一寛は2001年の入社以来、一貫して林農園(五一わいん)のワイン醸造に取り組み、2010年代からは醸造長を務めている。近年の仕込みでは若手が主体となり、添川はその指導とサポートに力を入れている。
林農園のブドウ栽培
明治44年(1911年)に桔梗ヶ原での果樹栽培からスタートした林農園では、伝統的に栽培の責任者・担当と醸造の責任者・担当が分業となっている。添川は、ワイナリーの全般的な視点から林農園のブドウ栽培の伝統と挑戦について語る。
「林農園、五一わいんは、昭和26年(1951年)から欧州品種、メルロの栽培を手がけ、本格的な日本の赤ワイン造りに取り組んできました。当時の塩尻の冬は厳しく、『高接ぎ法』を考案して、それまでは日本では難しいといわれていた、メルロを根付かせたのです」
「桔梗ヶ原でのブドウ栽培は、伝統の棚栽培です。一般的な棚栽培はX仕立てという方式で、主枝を四方に伸ばしていきます。しかしX仕立てでは、剪定や新梢の誘引に熟練が必要となり、生産農家の高齢化や後継者不足のなかで人手を確保して作業していくときに難しくなってきます。私が入社したころには、オーストラリアで考案された『スマート・マイヨルガー仕立て』方式を林幹雄さん(現会長)が改良した『ハヤシ・スマート方式』を導入しはじめていました。この方式では、主枝を南から北に、側枝を東西方向に等間隔で伸ばし、新梢を北側の片方向に誘引していきます。この方式だと、作業の標準化と省力化がはかりやすく、通気性や日照性もよくなって、ブドウの品質もよくなります」
柿沢農園での垣根栽培
2011年、林農園は塩尻市柿沢に第二の自社農園を開拓した。欧州系品種の本格日本ワインの愛好者と造り手が増える中で、林農園(五一わいん)においても、垣根栽培のブドウからのワイン造りに取り組みたいという機運が高まっていた。
「五一わいんが醸造するワインで使われるブドウは、その多くが栽培農家さんによるものです。栽培面積あたりのブドウ収量は、垣根栽培だと棚栽培の半分ぐらいです。収入と労力を考えると、なかなか農家さんに垣根栽培をお願いするのが難しく、自社で栽培できる場所を探し始めていました。一方、栽培効率からは、やはり一枚で4ヘクタールとかまとまった土地でないと手が出せません。桔梗ヶ原周辺にはそうした土地がなかったのですが、塩尻市から柿沢の林業試験場の跡地の紹介がありました」
林農園は、柿沢のまとまった約5ヘクタールの土地を引き受け、欧州系品種のブドウを全て垣根仕立てで植栽した。
「桔梗ヶ原の標高は700メートルぐらいですが、柿沢は800から850メートルになります。当時は、まだ温暖化が問題となっておらず、むしろブドウが冬の寒さを乗り越えられるかどうかが心配でした。そのため、欧州系の品種を増やしていきたいという想いはありましたが、まず冒険せずに実績のあるメルロから始めました」
桔梗ヶ原と柿沢のメルロ
伝統の棚栽培の桔梗ヶ原、新しい垣根栽培の柿沢。それぞれのブドウから、どのようなワイン造りに取り組んでいるのだろうか。
「ワインがパワフルなのは桔梗ヶ原です。タンニンの質が桔梗ヶ原のほうが強くて、渋さとボディ感が出ます。熟成に耐えられる力があり、五一わいんのフラッグシップワイン『桔梗ヶ原メルロ』では、樽熟成と瓶熟成の期間をしっかりとっています」
「柿沢は標高があるので、収穫時期は桔梗ヶ原よりも10日から二週間ほど遅くなります。果房はやや小さくなりますが、タンニンや香りのバランスがよく、フラワーで華やかです。ワインの流行というものもありますが、柿沢メルロは樽熟成期間を桔梗ヶ原よりも短めにして、華やかな特徴を出しています」
柿沢での植栽から10年を経て、2021年に収穫されたメルロから造られた『エステートゴイチ メルロ柿沢2021』は、日本ワインコンクール2024の欧州系品種赤部門において金賞・部門最高賞を受賞した。
これからのワイン造り
未来に向けて、添川一寛はどのようなワイン造りの夢を描いているのだろうか。そのキーワードは、「ボルドースタイル」「挑戦するワイン」「ナイアガラとコンコードの伝統」。
「私がワインの世界に引き込まれたきっかけは、ボルドースタイルの赤ワインでした。やはり個人的には、ボルドースタイルのしっかりとしたワインを造りたいです。温暖化の心配もありますが、近年、塩尻のメルロはよくなってきています。林農園でもカベルネ・ソーヴィニヨンを栽培してきましたが、以前は、収穫時期の前に霜が降りて葉が落ち、十分な熟成が難しかったのです。最近では、霜が来る前に収穫できるようになってきたため、よいブドウになります。メルロとカベルネから、しっかりとしたボルドースタイルのワインを造る可能性が生まれてきています」
「この夏からは新しい挑戦も始めました。『défi vin(デフィ・ヴァン)』、僕が作った造語ですが、挑戦するワインという意味です。以前から、実験的なワインを造ってきていますが、あくまでテストでお客さんに提供するものではありませんでした。やはりお客さんに飲んでいただき評価してほしいと思い、限定本数ですが売店と協力して商品化できるようにしました。今年は、シャルドネ・ペティアンに挑戦しました。瓶内二次発酵の1から3気圧ぐらいの弱発泡ワインです。お客様の評価もよくて早くに売り切れました。また、来年の新しい企画を考えているところです」
「林農園(五一わいん)は、ブドウの栽培農家さんと一緒に歩んできました。ワインを醸造するブドウの8割は、栽培農家さんに作っていただいていますが、高齢化や後継者不足が課題となってきています。また、気候変動の影響は、塩尻伝統のナイアガラとコンコードにも出てきています。成熟が早まり、雨が集中するようになったため、晩腐病にもかかりやすくなり、収穫量も落ちてきました。農家の跡継ぎの方にとっては、シャインマスカットの方が魅力的になってきています。しかし、ナイアガラとコンコードは塩尻の伝統です。これからも、そのブドウ栽培とワイン造りを守っていきたいと思います」
(了)
本稿は、株式会社ハヤシ農園(五一わいん醸造元)製造部長の添川一寛氏へのインタビュー(2025年10月28日)をもとに、新居直明が書き下ろしました。本稿へのお力添えをいただきありがとうございます。
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