
Zephyr 180mL Series: Pinot noir, Merlot, Cabernet Sauvignon, Cabernet Franc, Chardonnay, Riesling, and Sauvignon blanc (from left to right)
プロローグ
塩尻市大門に創業昭和4年の銭湯「桑の湯」がある。長く地元で愛されてきた家族経営の銭湯であるが、惜しまれて2024年5月に閉業した。その桑の湯が、2024年12月、全国で銭湯経営に取り組むニコニコ温泉株式会社によって継承され、リニューアルオープンした。
銭湯の佇まいや完全薪(まき)沸かしの伝統は継承しながらも、現代の地域コミュニティや銭湯ファンにより魅力的になる工夫がなされている。営業時間は早朝5時から深夜1時、番台の周りは男女・家族が一緒にくつろげるロビースペースとなり、5千冊以上の漫画も自由に読むことができる。
もう一つの特徴は、牛乳、清涼飲料、信州リンゴやブドウのジュース、そしてビールや塩尻産カップワインなど、幅広い飲み物の品揃えにある。なかでも、地元産クラフトビールと並んで小さな赤ワインの小瓶、女性のポートレイト・イラストが目を引く。ベリービーズワイナリーのゼフィール(Zephyr)180mLシリーズである。

欧州品種カベルネ・フランの本格ワインを銭湯からあがって楽しむことができる。リニューアルした桑の湯では、若い人が一人でくつろぐ姿も増えたように感じられる。そんな変化に合った「ゼフィール」は、どんなワインなのだろうか、どんな想いから生まれたのだろうか。
ベリービーズワイナリー
ベリービーズワイナリーは、2018年、塩尻ワイン大学の第1期生二人と講師一人によって共同で設立された。ワイナリー(醸造所)は桔梗ヶ原、洗馬宿跡にほど近い塩尻市宗賀にある。
ベリービーズ(Belly Beads)の名前は、日本のおへそ(belly)に位置する塩尻から、輝くビーズ(beads)の輪のように、ブドウとワインを介して人や地域をつなげていきたい、という想いから命名された。
自社のブドウ畑は、標高1,092メートルの鳴雷山から桔梗ヶ原へと小さな扇状地が広がる床尾地区に開かれている。農園標高は780メートルほどの山裾の斜面にあるため風の通りがよく、夏でも夜から朝にかけて気温が下がりやすくブドウの成熟に適している。周囲の山では古くから石灰が採取されてきた歴史があり、ミネラル質の土壌になっている。

この自社畑では、塩尻伝統のナイアガラとコンコードを中心に栽培している。ナイアガラは、あえて完熟前のブドウを早摘みすることによって、食事にあわせやすくワイン好きの人にも飲んでいただける辛口のワインとして醸造している。2022年ヴィンテージは、フランス語で「幸せの風」を意味する「ルヴァンデュボヌール」シリーズとして、GI長野ワインにも認定された。
2020年、ベリービーズワイナリーは、松本市で創業し長野県内を中心に飲食・宿泊、ケータリングサービス、リゾート開発・運営などを展開する王滝グループの事業会社の一つとなった。
ワイナリー長、川島和叔
このベリービーズの取締役・ワイナリー長を務めるのが川島和叔氏(本文中敬称略)。塩尻ワイン大学の第1期生としてブドウ栽培とワイン醸造を学び、ベリービーズワイナリーの設立に参加した後に同社を離れていたが、王滝グループの下でワイナリーを任された。
川島和叔は、以前は自動車運転が多いサービス業に携わり、お酒もほとんど飲んでいなかった。40代となり、三人の子供の長女も高校に進学する頃に、自分のこれからについて漠然と考え始めていた。
妻が学校給食関係の仕事をしていて、塩尻市の農政課とも繋がりがありました。「ワイン大学が始まるらしいよ」と聞いてきたのがきっかけでした。わたしは農業もしたことがないし、ワインがどのように造られているかも、まったく知りませんでした。
2014年に開校した四年制の塩尻ワイン大学は、希望者も多く狭き門であったが、川島は選抜をくぐりぬけて入学した。卒業後にワイナリーを設立した同期生が多く、塩尻市内には稲垣雅洋氏(いにしぇの里葡萄酒)、徳永博幸氏(霧訪山シードル)、幸西義治氏(丘の上 幸西ワイナリー)がいる(2025年3月現在)。
塩尻ワイン大学の二年目となる2015年には、自宅近くの洗馬に畑を借りて、ブドウ栽培を始めた。自らの名前の「川」の文字をイメージして「111 VINEYARD」と名付けた。ベリービーズのワイナリー長となった現在も、111 VINEYARDでのワイン用ブドウ栽培に取り組んでいる。
王滝グループでの再出発
2020年にベリービーズワイナリーが王滝グループの傘下に入り、川島が責任者として戻ってきたとき、桔梗ヶ原・宗賀床尾のブドウ畑は変わらずに輝いていたが、商品としてのワインとワイナリーのブランドは漂いぎみであった。
ワイナリーの商品作りは、王滝グループから全て任されました。具体的に意図は聞いたことはありませんが、地元で親しみやすい飲食店も展開しているので、これまでワインを飲んでいない人にも提供したり、地域の農業にも貢献していきたいという思いがあるはずです。
塩尻でブドウを栽培して塩尻のワインを広めていきたい、という川島の情熱は変わらないが、王滝グループだからこそできる松本平という広域でのワイナリー・ビジネスの可能性を感じた。
ワイナリーをお客様に知っていただき、ワインを手に取っていただくためには、やはりシリーズとしての広がりをもったアイコンが必要だと考えました。床尾の自社栽培のブドウだけでは、それができない。まず、栽培農家の方からブドウをいただいて桔梗ヶ原で醸造し、ワイナリーの土台を作ることにしました。
よいブドウを探し求めて出会ったのが安曇野市明科の栽培農家だった。
ブドウを仕入れても品質がかなわなくて、選果だけで一日が終わってしまった農家さんも過去にはありました。安曇野の一軒の農家さんは、どのブドウも素晴らしい。県外から移住して、最初は生食用のブドウを栽培していたそうですが、今はワイン用ブドウだけを何品種も丁寧に育てられています。2021年から仕入れ始めて、2024年には欲しかった欧州系の7品種が全て揃いました。
ゼフィールのアイコンたち
安曇野のブドウを活かして川島が醸造するワインが、フランス語で「そよ風」を意味するゼフィール(Zephyr)シリーズになる。
自分自身、ワインの経験も長くないし、精通している訳ではありません。むしろ、あまりワインを飲まないふつうの消費者の方の視点で考えています。
店頭に行って、他のお酒も含めて手に取ろうかなと思うのは、やはりラベルや全体の佇まい、なにか気に入るかどうかではないでしょうか。ワインのうんちくを聞いても頭に入らない、それを聞いても自分に合うかどうかも分からない。
ラベルデザインの一つに女性の横顔がありました。雰囲気がすごくよくて。でも、線が細くて、店頭に並んだときに遠目では分からない。もっと、映えるようなデザインにすれば、活きると思いました。
当時、ベリービーズワイナリーには、それまで印刷会社で写真集やデザインに携わった経験を持つスタッフが参加していた。
女性の絵を前面に打ち出して、ワインのイメージをその絵で表現できないか、と頼みました。モデルさんがいると特定のイメージになってしまう、と言われ、手に取るブドウ、味わうワインのイメージから描いてもらいました。
そこから生まれたのがゼフィール・シリーズのアイコンとなる女性のポートレイト。メルロー、ピノ・ノワール、カベルネ・ソーヴィニヨン、カベルネ・フラン、シャルドネ、ソーヴィニヨン・ブラン、リースリングの欧州系7品種のシングル・ヴァラエタル、そしてメルロー・ロゼとメルロー・カベルネフランを加えて9種類がデザインされた。
松本平のメルローのイメージは青。香りだったり、地元のメルローの特徴を表現しています。ソーヴィニヨン・ブランは草原のイメージ。シャルドネは、麦わら系の色で、ゴールドの髪や目の感じにも特徴を出しています。ピノノワールは繊細な感じを横顔で表現しています。カベルネ・フランは、この年のブドウが力強かったので、そんな目線になっています。
カベルネ・ソーヴィニヨンは、樽熟成したリッチな感じがあります。リースリングは2023年から始めましたが、アロマがあって、ふわっとしたふくよかな香りがします。
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ゼフィールのポジショニング
「ワインをはじめてのお客様にも手に取っていただきたい」、その川島の想いは、ゼフィールの価格帯、スクリューキャップ、そして、180mL小瓶も用意するという、ワインの商品ポジショニングにも体現されている。
ゼフィールは、750mLの7種類すべて税込価格2,420円です。良質の欧州系ブドウだけで醸造していて、このミドルレンジの価格帯にできるのは、王滝グループだからこそかもしれません。ワインを飲まれない方にも、本格ワインへの入り口として飲んでいただけるようにしたい、飲食店でもお客様に提供できるように、そうした想いがあります。
スクリューキャップも、ゼフィールで初めて採用しました。ふつうの消費者でワインを飲んだことのない人は、ソムリエナイフはもっていないし、道具が必要なだけで入り口を狭めてしまう。当初はコルク栓でしたが、どこでも飲んでいただけるように2022年からスクリューキャップに変更しました。
わたし自身、お酒をあまり飲めないので、フルボトルだと開栓しても飲めずに残ってしまっていました。そうしたお客様にも試していただけるように、180mL瓶を用意しました。スクリューキャップにしていたので、幅を広げることができました。
ゼフィールの180mLボトルは、星野リゾートの界松本をはじめ、ホテル客室で広く提供されている。
180mLボトルは、ゼフィールとして7種類そろってボリュームのあるラインアップだからこそ実現できています。また、ラベルデザインもそれぞれ特徴があるので、コレクターとして集めたい、というニーズもあります。いろいろな種類を味わっていただいて、飲んでお終いではなく、気に入ったものがあれば部屋に飾っておくとか、いろいろな楽しみ方をしていただけると嬉しいです。
シリーズの広がり
「ボトルデザインも含めていろいろな種類を楽しんでほしい」というベリービーズワイナリーの想いは、リンゴからつくったスパークリングワイン、シードルにも活かされている。長野県の各地域で栽培されたリンゴの特徴を活かして、それぞれ異なるラベルデザインのボトルを用意し、「SHINANO CIDRE COLLECTION」として展開している。

塩尻のブドウとワインというと、JR塩尻駅のホームにあるブドウ棚も有名である。ベリービーズワイナリーは、ブドウ棚を管理する塩尻駅観光施設設置協議会との協業により、2023年に駅西口で収穫されたマスカットベリーAを醸造し、GI長野認定ワイン「SHIOJIRI 西ノ風」シリーズとして3種類を2024年に発売した。

塩尻に暮らして、塩尻ワイン大学を卒業していますので、塩尻の観光にも役立ちたくて、駅のブドウでワインを造ってみたかった夢がかないました。塩尻は「ワインと漆器のまち」です。「SHIOJIRI 西ノ風」では、木曽漆器の伝統技法である「木曽堆朱塗り」と塩尻の市花「桔梗」をモチーフにしています。3種類のボトルを並べると、そのイメージがよく浮かび上がります。
そして、塩尻で栽培されるブドウを活かしたベリービーズワイナリーの基幹となる「ルヴァンデュボヌール」シリーズ。これまで、宗賀床尾の自社圃場で栽培するコンコードとナイアガラに加えて、ヴィオニエやマルスランなど塩尻ワイン大学卒業生が栽培する欧州系品種ブドウからワインを醸造してきた。ブドウ栽培家が自らのワイナリーを立ち上げていく時期になり、これからは自社圃場でもメルローなどの欧州系品種の栽培を広げてドメーヌ化も進めていく。
「ゼフィール」への出会いから訪ねたベリービーズワイナリーには、「シナノシードルコレクション」、「西ノ風」、「ルヴァンデュボヌール」シリーズと多彩な楽しみがあった。
ベリービーズワイナリーのホームページ
https://bellybeadswinery.com/
2025年3月、ベリービーズワイナリー川島和叔氏への
インタビューをもとに新居直明が執筆編集
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